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東京高等裁判所 昭和22年(行ナ)6号 判決

原告

籠島誠治

被告

特許局長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、特許局が、同庁昭和二十二年抗告審判第二八号事件につき、同年七月十八日なした審決を取消す、訴訟費用は被告の負担とする、という判決を求め、その請求原因として、(一)原告は籠目の図形の下部に「ベビー」の片仮名文字を縱書した商標につき、昭和二十一年十一月三十日商標法第五條の規定によつて商標法施行規則第十五條に規定する類別第一類化学品、藥剤及び医療補助品一切を指定商品として、同年十月二十五日出願の連合商標登録願(イ)(昭和二十一年商標登録願第一〇五六一号)の商標の連合商標として、特許局に登録出願をしたところ(昭和二十一年商標登録願第一二〇三三号)、特許局は昭和二十二年四月十八日、右商標は(以下單に本願商標という)登録第一三二九二八号(大正十年四月八日登録出願同年八月三日登録昭和十五年九月二十五日更新登録ずみのもの)の商標、すなわち「ベビー」及び「BABY」の文字を二段に横書して成り、右第一類を指定商品とする登録商標(下單に引用商標という)と類似し、同一又は類似の商品に使用するものであるから、商標法第二條第一項、第九号の規定により登録できないとして同年五月十七日抗告審判の請求をしたところ(昭和二十二年抗告審判第二八号)、特許局は同年七月十八日本願商標も引用商標も共に「ベビー」と称呼され、称呼上類似するから、類似商標であり、指定商品も同者同一であるから原告の登録出願は拒絶すべきであるとして「本件抗告審判の請求は成立たない」という審決をした。

(二) 然しながら(イ)本願商標と引用商標とは外観上全く類似していないのみならず、本願商標は籠目の図形を冐頭に顯著に描いてあり、又籠目は縁起よいものとして取引者及び需要者に極めて親しみ深いものであるから、少くとも本願商標の主要部とみなすべきであり、且つ右のように縁起よく親しみ深いものである爲、取引上これを看過しないのが普通であるから、本願商標は少くとも籠目の図形から称呼及び観念を生じ「カゴメ印」又は「カゴメ印ベビー」と称呼して観念されて引用商標のように單に「ベビー」と称呼し観念されることはない。故に本願商標とは外観、称呼、観念において同一若しくは類似しないから両者は類似商標ではない。(ロ)仮に百歩を讓り、本願商標の籠目の図形とその下部の「ベビー」の文字が本願商標の構成上軽重がないとしても、商標が軽重のない図形文字から構成されている場合、その称呼及び観念は両者と不可分一体のものにして決せらるべきであるから、本願商標は「カゴメ印ベビー」と称呼し観念される引用商標とは類似しない。(ハ)本願商標では籠目の図形は冐頭に顯著に描かれ且つ商取上縁起のよいものであるから、下部の「ベビー」の文字に圧倒されることがなく、從つて「ベビー一の文字は圧倒的重要價値がないわけである。故に本願商標中に引用商標と同一な「ベビー」という文字があつても、両者を類似商標であるということはできない。(ニ)本願商標の指定商品は第一類化学品、藥剤及び医療補助品で人命に関するもので、商取引の市場では特に高い注意力で取扱われることが顯著な事実であるから、両商標は普通よりも、高い注意力を基準として取扱われて、外観、称呼、観念とも混同、誤認を生ずる虞がない。故に両商標は類似商標ではない。以上のように本願商標と引用商標とはその指定商品を同じくしているけれども、類似商標でないからこれを類似商標であるとしてなした原審決は不当である。よつてこれが取消を求める、と述べ立証として甲第一、二号証を提出した。

被告代理人は原告の請求を棄却するという判決を求め、答弁として、原告主張の(一)の事実は認める。(二)の事実中本願商標と引用商標が指定商品を同じくすること、両商標が外観上類似しないこと及び引用商標が「ベビー」と称呼、観念されることは認めるがその他の点は否認する。

(1)  本願商標は籠目の図形と「ベビー」の文字を組合せたものに過ぎないもので両者は何等不可分のものとみなすことはできない。かような商標の称呼は、その構成中最も親しみやすく呼びやすいものが選ばれるのが普通であり、且つ商標の称呼は一般に簡略化されるものであるから本願商標からは最も親しみやすく呼びやすい。簡略化された「ベビー」という称呼を生じ「ベビー」と観念されるものというべきである。故に本願商標は「ベビー」という称呼観念される引用商標と称呼観念を同じくするから類似商標である。

(2)  原告は本願商標及び引用商標の指定商品は第一類化学品藥剤及び医療補助品で人命に関するから、取引市場では特に高い注意力で取扱われ、両商標の混同誤認を生ずる虞がないというけれども、迅速を尚び、あらゆる階級を包合する取引市場においては、この種の指定商品が人命に関するものであるからこそ、なお一層購買するに当り普通に用いる注意力で観察して混同誤認を生じやすい商標は類似商標にして登録すべきではないのであると述べ、甲第一、二号証の成立を認めた。

理由

原告主張の(一)の事実は当事者間に爭ない。

よつて本願商標と引用商標とが類似商標でないかどうかを審究するに成立に爭ない甲第二号証によれば、本願商標は二個の三角形を組合せて成る所謂籠目の図形の下部に「ベビー」の文字を縱書したものであり、両者は縱に近接して並列したもので一体的に組合せ結合したものではなく、その籠目の図形は相当顯著に描かれていることが認められると共にベビーの文字も亦顯著であつて、両者は外観上別個のものが偶々同所に並置されたような観を呈している。籠目が取引者及び需要者の間に親しみ深いものであることは肯定できるが「ベビー」が英語の普及している今日殆んど日本語化され親しみやすく呼びやすいものであることも亦事実であり、本願商標において籠目の図形と「ベビー」の文字とのいずれが親しみ深いかということは、にわかにこれを断定することはできないから、單にこの本願商標だけをみるとそのいづれを主要部ということもできず、從つてむしろ両者は本願商標の構成上軽重の差がないものと認定するのが相当である。

故に籠目の図形が本願商標の主要部であり、且つ取引上親しみ深い関係上看過されることがないから、本願商標からは「カゴメ印」という称呼及び観念を生ずるという原告の主張は採用できないし、又本願商標からは親しみ深く呼びやすい「ベビー」という称呼観念を生ずるという被告の主張も採用できない。

而して籠目の図形と「ベビー」の文字の結合によつて成立している本願商標が前記のように、その構成上軽重の差がなく、他に別段の事由がない限り、そのいづれをも無視することはできないから本願商標からは「カゴメベビー」という称呼及び観念が生ずるものと認めるのが相当である。一方引用商標は「ベビー」及び「BABY」の文字を二段に横書したものであるから、これから「ベビー」という称呼観念が生ずることは明らかであつて、このことは当事者間にも爭ないところである。今この両商標を本願商標が前記のような外觀を有している点を考に入れて比較すると両者共に「ベビー」という共通の発音を有して居り、その指定商品はいずれも第一類の化学品藥剤及び医療品であるから、これ等の指定商品との連想においては、たとえ本願商標の称呼観念が「カゴメベビー」であつて、これを右指定商品に使用するときは、時と所を異にする所謂離隔的観察において、本願商標はややもすれば需要者をして引用商標の「ベビー」印の商品の中の一分類であるかのような誤解を懷かしめ、引用商標の指定商品との間に混同誤認を生ずるの虞れあることが想察できる。又本願商標と引用商標とは、その称呼及び観念上互いに類似するものといわなければならない。

原告は本願商標において「ベビー」は圧倒的重要價値がないから、たとえ引用商標と同一の「ベビー」という文字があつても両者は類似商標といえないと主張するから、按ずるに本願商標において「ベビー」という文字が圧倒的重要價値がないことは前記説明によつて明らかであるから、「ベビー」という共通文字があるからといつて、外観上本願商標と引用商標とが類似商標だといえないことは勿論であるけれども「ベビー」に圧倒的價値がないからといつて直ちに両商標が類似しないものであると論結するわけにはゆかないから、原告の右主張は理由がない。

次に原告は、本願商標の指定商品は第一類化学品、藥剤及び医療補助品で、人命に関するものであるから、商取引の市場では特に高い注意力を基準として取扱われて両商標はその混同誤認を生ずる虞れはないと主張するから按ずるに成程前記指定商品が人命に関するものである関係上、取引市場で普通より高い注意力で取扱われることは事実であるが、一方この種の指定商品の需要者は、知識、敎育、その他においてあらゆる階級を網羅して居り、且つ、それが人命に関するものであるだけ、普通よりも高い注意力を以て、その商標の混同誤認を判断する基準とすることはは無理であり又危險でもあるから、矢張り右指定商品の商標の類否を判断するについては一般需要者の普通に用いる注意力を基準とするのが至当であるといわなければならない。

而して一般需要者の普通の注意力を基準として判断すれば本願商標と引用商標は前記のように類似商標と判断するのを相当とするから、原告の右主張も亦採用の限りでない。

然らば本願商標と願似しないとして原審決の取消を求める原告の本訴請求は失当であるから、これを棄却すべきものとして、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條を適用して主文の通り判決する。

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